キリスト教信仰についてのFAQ
主題1:水と御霊によって新たに生まれる
なぜ神の御子が人間になられたのですか?
lイエスとは、誰ですか?
神の定められた律法とは何ですか?
イエスを信じなければなりませんか?
キリスト教徒であっても罪人でありえるでしょうか?
悔い改めの祈りによって罪を洗い流せますか?
ローマ 8:30 には、「なぜなら、神はあらかじめ定めた人々をさらに召し、召した人々をさらに義と認め、義と認めた人々にはさらに栄光をお与えになりました」とあります。では、この部分は漸進的聖化の教義を裏付けているのでしょうか?
告白することによって罪を消すことができますか?
真の福音とは何ですか?
イエスはなぜ十字架上で犠牲となられたのでしょう?
イエスにバプテスマを授けたバプテスマのヨハネとは誰ですか
旧約で日々の罪を贖ったいけにえとは、何ですか?
旧約で日々の罪を贖ったいけにえとは、何ですか?
永遠の贖いのいけにえは何でしたか?
罪の赦しはただ一度で与えられるのですか、それとも徐々にですか?
罪から来る報酬とは何ですか?
なぜイエスは十字架上で死なれなければならなかったのですか?
イエスを信じると、何を得るのですか?
なぜイエスを信じなければならない のですか?
真の神の教会とは何ですか?
聖書における異端者とは、誰ですか?
信者の受けるバプテスマと、イエス・キリストのバプテスマと死・よみがえりとの関係を説明してください。
毎日罪を犯しているのに、どうして自分は義人だと言えるのですか?
ヨハネによる悔い改めのバプテスマとは、何ですか?
イエスのバプテスマを理解することが救済に不可欠であるというのは、福音にある十字架上の死を無にすることになるのではありませんか?
水と御霊の福音について簡潔に説明してください。
聖書のどの部分から「使徒たちがイエスのバプテスマを取り分け重視した」ことがわかるですか?
l しばしば無視されている、イエスのバプテスマを重視することを加えていることを除いては、これは私がこれまでに信じ、教えてきていることです。では、水と御霊の福音のどこがそれほど違っているのですか?
救われるためには十字架とともにイエスのバプテスマをも信じなければなりませんか?
「水と御霊」に関するあなたの解釈が正しいのなら、十字架上の盗賊救済はあり得なかったでしょう。十字架上の盗賊が例外とみなされるなら、神は公正ではありません。なぜなら天国に入るための規則をご自分で曲げておられるからです。十字架につけられた盗賊の救済をどう説明なさいますか?
神は寛大で憐れみ深いのですから、その人がイエスを信じているなら、心に罪があっても義人としてくださるのではありませんか?
あなたがおっしゃるように過去・現在・未来の罪をイエスがすでに除いてくださっているとして、イエスのバプテスマと十字架とを信じて罪をすべて始末しているのだと考えて罪を犯し続けたなら、その人は将来どういうことになるのでしょう?
主題2: 御霊
罪を犯すたびに、その罪を告白してはじめて御霊は内に宿られるというのは、ほんとうにそうなのですか?
水と御霊の福音を信じているのなら、御霊は新たに生まれた人の内にいつも宿っておられるのですか、それとも、御霊はその人の近くに浮かんでいて、助けを求めた時にいつでも内に来られるのですか?
御霊は、ほんとうに水と御霊によって新たに生まれた者にだけ来られるのですか?
そうでないのなら、原始教会の時代に強力に働いた御霊と、今日奇跡を働いている御霊とは、どこが違うのですか? 神は、昨日も今日も、永遠に同じなのではありませんか?
今、御霊は何をなさっているのですか?
異言を話すことは、御霊を受けていることの証拠ではないのですか? そうでなければ、どうして御霊が内におられるとわかります?
イエスの弟子たちは、罪の赦しによって罪から救われて御霊を受けたのですか、それとも、罪の赦しとは関係のない、別の出来事があったのですか?
聖霊のバプテスマを受けるとは、どういうことですか?
旧約と新約では、御霊はどう違って現われていますか?
癒しや幻視といった超常体験は、その人が御霊を受けているという確定的な証拠ですか?
主題3: 黙示録
第 7 章の十四万四千というのは、イスラエル人の文字通りの数ですか、それともただの象徴的なものですか?
第 11 章に登場する二人の証人とは?
第 12 章の女は誰ですか?
バビロンとは何ですか?
千年王国はいつ始まりますか? (御国は大艱難前ですか、それとも大艱難後ですか?)
新エルサレムの都とは?
獣の印とは、何ですか?
神の御座の前に立つ四つの生き物は誰、または何ですか?
どちらが正しいのですか。大艱難前携挙ですか、大艱難後携挙ですか? 大艱難の間、聖徒はまだ地上にいるのですか?
聖徒の携挙は第七の御使いがラッパを鳴らした後で起こるというのは、主が誰ひとり、主ご自身でさえ携挙の日時を知らないとおっしゃっていることと、矛盾するのではありませんか?
イエスは聖徒を携挙なさりに戻られ、また、ハルマゲドンで戦うために地上に下りてこられると言いましたよね。では、主はこの地上に二度下りて来られるというのですか? この二回はどう違うのですか?
「だれにも数えきれぬ」ほどの大ぜいの群衆 (黙示7:9) とは、携挙された聖徒のことですか?
二人の証人は、あかしを終えた後でよみがえり、天に引き上げられました。これは、キリストの再臨の際の聖徒の携挙とどのような違いがあるのですか?
聖徒は大艱難の前に携挙されるはずです。しかし、聖書は大艱難の期間中まだ地上に残っている聖徒について何度も語っています。この人たちは世に妥協し、そのために信仰が生ぬるくなった人々なのですか?
主題4: 図書の読者からのよくある質問
あなたの本には、イエスのバプテスマと十字架上での流血とを信じてただ一度で罪の赦しを受けられると書いてありますね。では、主の祈りの「私たちの罪をお赦しください。私たちも私たちに負い目のある者をみな赦します」のくだりをどう解釈なさるのですか?
水と御霊の福音を心で信じたとき完全に罪がなくなると書いておられますね。でも聖書には、「もし、罪はないと言うなら、私たちは自分を欺いており、真理は私たちのうちにありません。もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。もし罪を犯してはいないと言うなら、私たちは神を偽り者とするのです。神のみことばは私たちのうちにありません」(ヨハネI 1:8-10) とあります。
この部分をどう解釈なさいますか? この部分は、人間は死ぬまで罪人であり、毎日罪を赦されるために悔い改めの祈りをささげるべきだということなのではありませんか?
バプテスマとは、「罪を移す」という意味だとおっしゃっていますね。聖書にその根拠がありますか?
ヨハネからバプテスマを受けた時にイエスがほんとうに世の罪を全部負ったとおっしゃっていますね。では、それは、教えを説いておられた間、主はずっと罪人だったということなのですか?
救われた者は、永遠に救われているのですか?
あなたの教えから、イエスのバプテスマが人類救済には不可欠であることを知りました。では、信者の水のバプテスマはどうなのですか? これもまた、すべての聖徒に必要なことなのですか? もう一つ。バプテスマを授けてくれる新たに生まれた聖職者が私の地域にいるかどうかわからないのですが。
「水と御霊の福音」という、これまで聞いたことがない用語をお使いですね。「水と御霊の福音」という句は、どこからきているのですか?
地獄はほんとうにあるのですか?
ヘブル人への手紙第 6 章の最初の部分を解釈していただけませんか。
「もし私たちが、真理の知識を受けて後、ことさらに罪を犯し続けるならば」(ヘブル 10:26) とは、どういう意味ですか?
イエスがすでに過去・現在・未来の罪を贖ってくださっているのですから、これは、無頓着な生活をし、罪を犯しながら生きるようになる人が出るとは思いませんか?
今日のキリスト教の奇跡についてどうお考えですか? あれは、御霊の働きではないのですか? 教会ではまだ聖霊が働きをなさっていると思います。
あなたの信仰信条をメールで送ってください。
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